脈絡

読み難い

人間を信じることの話

 

この頃どうしても人間のことを信用できなくて、なぜだかわからないけれどどうしてもそのことばかりを考えてしまう。

自分のことについてもうすこしたくさん考えたいと思って思いを巡らせていても、最終的には人間の信用のことになる。

 

いつからか人間を信用していないんだと実感してたぶんまだ少ししか経っていないけれど、いつから信用していなかったのかはよくわからない。昔から良い子とか優等生とかを演じてきたけれどそれももしかしたら信用できなかったからかもしれないとか思ったり。

たぶん好きな人とかも居ないし出来たとしても信じることはなかなか難しいのではないかなと思ってしまう。根本的に誰かを信用したいと願っているのかさえもよくわからないので困る、別に信用しなくたって良いやと思えるのならもう信用するなんてこと放棄すれば良いわけだから。

 

でもそうやっていつも人に対して自分を作っているとまぁ疲れるわけだから、出来れば疲れたくないわけで、そうなるとやはり人間を信用する道を探さなければならないのかもしれない。でも人間を信用したらしたで、たぶんいろんな人間に騙されるし、そうするのはわたしにとってかなりストレスになってしまう気がするから、そうやって考えるともう人間と関わることさえも放棄したくなる。

 

わたしが助けを求めるのが下手くそなのも、たぶん人間を信用出来ないからなんだろう。人間じゃなくて全然構わないから、寧ろ人間じゃない方が良いからなにか信じられて助けを求められるものが居れば良いのにな。

 

嫌だな、わたしは親という最も信用出来ない人間から産み落とされて、人間になるよう強制されてきたけれど、どう頑張っても人間ですらないし生き物ですら無いわけだから、一体どうすれば良いんだろう。これからどう暮らしていけば報われるんだろう。苦しく無いんだろう。絶望がなくなるんだろう。救われるんだろう。死にたくなくなるんだろう。大丈夫になれるんだろう。道は暗いうえに靄がかかっていて、地面は凸凹で大きな岩や深い穴がたくさんあって、狭くて、まっすぐなのか曲がっているのか分かれ道があるのかもわからないのに、そこを目隠しされて耳も聞こえず、手枷足枷をつけられてそれでも進めと急かされて、わたしは一体なにをしているんだろう。誰も助けてはくれないというのに。もう人間のことは諦めた方が良いんだろうか。お道化を演じれば人間は簡単に騙されるから、もうずっとお道化を演じていれば良いわけだ。冗談めかして助けを求めて、それを本気にする人間を見つければ良いのか?人間のことを諦めたつもりでも、どうせ人間が居なければ人間社会で暮らしていくことも出来ない。人間が居なければ良いように暮らせるかもしれないけれど人間が居なくなることなんて無いんだろうな。人間のことを諦めてもどうせ人間のことばかり考える。人間になれたらどれだけ楽だろうな。いつこんなことに気が付いてしまったのだろうか。絶望だな。