ふたり、ということの話
訳あってすきなひとと1か月くらい一緒に暮らしたのだけれど、その間に生活に於けるほぼすべてのことが「ふたり」のことになっていて ふたりでご飯作って食べてふたりで買い物に行きふたりで散歩してふたりでねむる、毎日を過ごしていると ふたりでなくなった時の対処のしようのなさが鋭く尖る。
もともとふたりは苦手だったから計3か月近くで暮らしてまだ一緒に居ても大丈夫なのはかなりすごいことだとおもう。
そろそろ離れておいた方がきっとこれからの為には良いんだろうという気もする。
今まで「ふたり」をやるための人間が居なかったから戸惑ってしまう。急にふたりをはじめてしまって、それでいろいろが狂ってしまった。
付き合っているとか、友達とか、そういう所謂一般の人間の言葉では表せないような関係で居ようと言った。のんびりいちゃいちゃする関係と名前をつけてくれました。
生活しながら、くっついてキスしてたまにセックスして、そういう穏やかな暮らしだった。
君のせいで死に損ねた。
君のせいで弱くなった。
どう責任取ってくれるの
思い出して泣いたりぼんやりしたり、大切に守りたいものが出来てしまったらもうおわり。
どうせ一生大事になんて出来ない、すぐ壊れるのだから傷付き傷付けるまえにさぁ離れて行こうな。
本当は怖くて心の奥で震えてるの知ってる ほかの人間よりましなのは認めるけどそれに騙されてるだけ。と、言ってみる。
所詮、人間。不意に虻を打ち殺す牛の尻尾を持ち合わせる。
とはいえまぁふたりというのもたのしかったね
珍しい経験だった。これからふたりが壊れるのをなにも出来ず眺めるのがかなしい。
ずっと変わらずに居たいと思うということはどんどん変わっていく現実になんとなく勘付いているから、みたいな台詞をどこかで見た気がする。
変わるのは受け入れような。変わりたいかどうかは別としてだけれど。
どうかこのままなにも変わりませんように。